VCと普通株主の利益相反(Trados)

少し前に触れた、VC(優先株主)と普通株主との間の利益相反について争われた裁判例であるTradosについて、簡単に整理したいと思います。最終的にはVC側が勝ったのですが、エクジット(M&A)のプロセス自体は公正ではなかったと認定されており、アメリカのVCプラクティスに一定の警鐘を鳴らした2013年の裁判例です。

In re Trados Inc. Shareholder Litigation, 73 A.3d 17 (Del. Ch. 2013)

<事案>

TradosというVCの出資を受けたスタートアップが、M&Aによるエクジットを模索していた。

Tradosの取締役会は、売却が上手く進むよう、経営陣にインセンティブプラン(Management Incentive Plan、MIP)を付与した。MIPによれば、M&Aが成功した際には経営陣に売却価格と連動したインセンティブボーナスが支払われることになっていた。MIPの対象となる経営陣のうち2名は取締役を兼務していた。

その後、Tradosは2005年にSDLという会社に$60Mで買収された。買収対価$60Mは以下のとおり配分された。

  • まず、経営陣がMIPに基づくインセンティブボーナスとして$7.8Mを受領。
  • VC(優先株主)は、liquidation preferenceにより$57.9Mを優先的に受領する権利があったため、残りの$52.2Mを全額受領。
  • 結果、普通株主は何も貰えず。

普通株式の約5%を保有する原告は、取締役会がSDLによる買収を承認した行為が取締役の忠実義務に違反すると主張して、損害賠償請求を行った。

<判旨>

優先株式の優先権は契約上の権利に過ぎず、普通株と優先株との間に利益相反がある場合、取締役は普通株主として株主が享受する利益を第一に考えなければならない。

VCから派遣された取締役及びMIPを締結した経営陣取締役は、買収を承認することにより個人的に利益を得るため、買収に関して利益相反の関係にあった。そしてそのような利益相反関係のある取締役が取締役会の過半数を占めており、取締役会を支配していた。よって取締役に信認義務違反があったかどうかは、厳しい判断基準(entire fairness standard)で判断されなければならない。

まずMIPについてみると、普通株式を保有する経営陣が、エクジットに際して普通株式の売却対価を受領した場合には、その対価分だけインセンティブボーナスが減額されるとMIPには定められており、その点において、MIPは経営陣が普通株主として有していたインセンティブを失わせる内容だった。また、MIPにより支払われるインセンティブボーナスの原資は、普通株主が優先株主に比して大きな負担をする構造になっていた(普通株主は売却価格$60Mで本来受領できた対価($2.1M)の全額が貰えなかったのに対し、優先株主は本来の受領対価の10%程度の減額ですんでいる)。

また、取締役は、買収の承認に際して、優先株主から独立した取締役により構成される特別委員会を設置することや、フェアネスオピニオンを取得することなどの、普通株主を保護するための措置をとらなかった。

以上からすると、売却の交渉・承認のプロセスは、公平な手続き(fair process)の要件を満たしていない。

しかし、取締役が買収を承認せず、このままTradosが単独で存続しても、普通株式の価値がゼロ以上になることはない。DCFにより算定される企業価値は(買収価格である)$60Mより低く、また優先株の優先配当権が年8%あり、これを上回る利益成長が見込めるとは想定されないからである。

従って、ゼロという普通株式の対価は、公平な価格(fair price)なので、本件に適用される判断基準においては、信認義務違反は認められない。


 

なお、判決文は、注書きにおいて、(買収の承認ではなく)MIPを承認したことを取締役の忠実義務違反として原告が主張していれば、おそらくそれは認められただろう、と述べています(実際には原告は主張しませんでした)。

VCからスタートアップに取締役が派遣される場合、どうしてもVCの目線で物事を判断しがちですが、取締役である以上は、あくまで株主全体(特に普通株主)の利益に配慮すべきことになります。MIPは、VCにとっては早期のエクジットを促進するというメリットがありましたが、一方で普通株主から経営陣とVCに利益を移転する可能性があり、利益相反について慎重な検討が必要でした。このような事態は、決して本件に特殊なものではなく、しばしば発生していると思われますが、多くの場合は問題点を意識しないままスルーしてしまっているのかなと思います。

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です