株主代表訴訟とM&A

アメリカで上場企業を対象とするM&Aを行う場合、その後に株主代表訴訟が提起されることがほぼ通例ということになっていました。しかし、Wall Street Journalの調査によれば、M&Aの対象企業がその株主から訴訟が提起される率は、2015年1-9月は平均78%だったのが、その後10-12月には平均が34%に急落したということです。

アメリカの株主代表訴訟というのは、訴訟は提起されるものの、最終的には和解で決着することが一般的です。その和解の内容も、株主が得る金銭的利益はほとんどなくて、対象会社による追加的な情報開示などのあまり会社側の負担にならない再発防止策と、株主側弁護士費用の支払いが合意されるだけ、ということが多くなっています。

株主側(の弁護士)は、和解をすれば、裁判で敗訴して弁護士費用を取り損ねるというリスクを負うことなく、確実にフィーが確保できます。会社側(の取締役)としても、和解による実質的な負担が弁護士費用に限定されるのであれば、M&Aに付随する必要コストとして織り込むこともできるし、そして何より取締役個人ではなく会社がその費用を支払うことができます。これに対し、もし判決で取締役の信認義務違反を認定されると、(巨額にもなりうる)その損害額を、会社ではなく取締役が個人的に負担しなければならない可能性があり、取締役陣としては、和解することで自分自身を金銭的リスクに晒さずにすむことができます。

このように、株主代表訴訟は、双方当事者(の実質的な主導者)にとって訴訟→名目的和解というプロセスが最善になるという、少しいびつな均衡状態に陥っており、株主側の弁護士もそれが分かっているから、瑣末な点でも何でも、M&Aの内容に問題がありそうだったらとにかく訴訟を提起し、その結果としてM&A絡みの株主代表訴訟が大量に発生した、という経緯があったわけです。

結果的に弁護士のみが得をするようにみえ、批判も多いわけですが、このような仕組みになっているからこそ弁護士が必死になってM&Aの問題点を探そうし、それにより本当に問題のあるM&Aがきちんと発掘されるというスクリーニング効果もあるので、100%否定されるべきものでもないわけです。

裁判所としては、司法資源の浪費にもなりかねないので、そもそも快くは思っていなかった筈ですが、そうは言っても事件当事者の双方が和解をしたいと言っているのに、裁判所が紛争を長引かせるのもいかがなものかということで、基本的には和解を認めていたという理解でした。

しかし、記事によれば、最近はデラウェア裁判所がこのような馴れ合い和解に厳しい姿勢をとるようになったということです。とすると、それを知った株主側の弁護士も、そもそも訴訟提起の労に見合ったフィーが貰えなくなる可能性が高まったということで、訴訟が減っているのではないか、という分析がなされています。


(おまけ:簡単なゲーム理論的分析)

株主代表訴訟の仕組みを、裁判所と株主側弁護士をプレイヤーとする繰り返しゲーム(関与する裁判所はデラウェア州裁判所が多く、株主側もこれを専門とする弁護士がいるので、この2つについては実際には同じ人たちが繰り返しやっていると考えることもできる)として捉えると:

1.株主側弁護士は、訴訟を提起するかしないかという選択肢がある。

2.裁判所は、訴訟を提起された場合に、和解を認めるか認めないかという選択肢がある。

結果的に、双方のとる戦略としては、

①(弁:訴訟を提起しない)
②(弁:訴訟を提起する、裁:和解を認める)
③(弁:訴訟を提起する、裁:和解を認めない)

という3つの可能性があります。

訴訟が提起されなければ、双方ともに何も起こらないので、各プレイヤーの①の利得は

 (弁:0、裁:0)

訴訟が提起されて、裁判所が和解を認めれば、弁護士はフィーを獲得し、裁判所は早期に事件を終結できるので、②の利得は

 (弁:+2、裁:-1)

訴訟が提起されて、裁判所が和解を認めないと、(無理やり提起した訴訟であれば)弁護士は敗訴してフィーを貰えず、訴訟遂行の手間のみがかかる。一方、裁判所も判決を書くという手間がかかる。よって③の利得は

 (弁:-1、裁:-2)。

※なお、利得の数字はあくまで適当に入れたものです。

一回限りのゲームとしてみた場合、裁判所としては(訴訟が提起された以上は)和解を認めるほうが利得は高い。だからそれを知っている弁護士も訴訟提起をすべきという判断をする。よって、

②(弁:訴訟を提起する、裁:和解を認める)

という戦略が均衡点になる。

でも、無限繰り返しゲームだったら別の戦略が均衡点になる余地があるのかもしれない、というところでしょうか。

もちろん、裁判所が裁判官の労働コストのみ考えているというのは極端ですし、こんな単純ではないのでしょうが、あくまでお遊びということで。

 

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